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日文ログ -日本文化専門ブログ-

短歌・和歌・俳句・日本文学・茶道・能・弓道・空手など。

短歌・愛国百人一首

▼愛国百人一首(あいこくひゃくにんいっしゅ)

第二次大戦時中の翼賛運動のひとつとして、国民の愛国心を涵養する目的で日本文学報国会が選定し、1942年に内閣情報局が発表した百人一首

選定基準は「愛国の精神が、健やかに、朗らかに、そして積極的に表現されていること」。

万葉時代から幕末、明治までの皇室への崇敬や国土愛、家族愛の歌が採られている歌が多く選定された。

選定委員は佐佐木信綱土屋文明釈迢空斎藤茂吉太田水穂、尾上柴舟、窪田空穂、吉植庄亮、川田順、齋藤瀏、松村英一、北原白秋ら12名(ただし北原は委員就任後まもなく死去)。

日本文学報国会が情報局の後援、大政翼賛会の賛助、東京日日新聞と大阪毎日新聞の協力を得ている。

日本玩具統制協会により絵入りカルタとして商品化された。

 

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▼収録歌

  1. 柿本人麻呂  大君は神にしませば天雲の雷の上に廬(いほり)せるかも
  2. 長奥麻呂  大宮の内まできこゆ網引(あびき)すと網子(あご)ととのふる海人の呼び声
  3. 大伴旅人  やすみししわが大君の食(をす)国は大和もここも同じとぞ念(おも)ふ
  4. 高橋虫麻呂  千万の軍(いくさ)なりとも言挙げせずとりて来ぬべきをのことぞ思ふ
  5. 山上憶良  士(をのこ)やも空しかるべき万代に語り続(つ)ぐべき名は立てずして
  6. 笠金村  丈夫(ますらを)の弓上(ゆずゑ)振り起し射つる矢を後見む人は語り継ぐがね
  7. 山部赤人  あしひきの山にも野にも御猟人(みかりびと)さつ矢手挟(たばさ)みみだれたり見ゆ
  8. 遣唐使使人母  旅人の宿りせむ野に霜降らば吾(わ)が子羽ぐくめ天の鶴群(たづむら)
  9. 安倍郎女  わが背子はものな思ほし事しあらば火にも水にも吾(われ)なけなくに
  10. 海犬養岡麿  御民われ生ける験(しるし)あり天地の栄ゆる時に遇(あ)へらく思へば
  11. 雪宅麻呂  大君の命かしこみ大船の行きのまにまに宿りするかも
  12. 小野老  あをによし奈良の京(みやこ)は咲く花のにほふがごとく今さかりなり
  13. 橘諸兄  降る雪の白髪(しろかみ)までに大君に仕へまつれば貴くもあるか
  14. 紀清人  天の下すでに覆ひて降る雪の光を見れば貴くもあるか
  15. 葛井諸会  新(あらた)しき年のはじめに豊の年しるすとならし雪の降れるは
  16. 多治比鷹主  唐国に往き足らはして帰り来むますら武雄(たけを)に御酒たてまつる
  17. 大伴家持  天皇(すめろぎ)の御代栄えむと東(あづま)なるみちのく山に金(くがね)花咲く
  18. 丈部人麻呂  大君の命かしこみ磯に触り海原(うのはら)わたる父母をおきて
  19. 坂田部麻呂  真木(まけ)柱ほめて造れる殿のごといませ母刀自(ははとじ)面(おめ)変りせず
  20. 大舎人部千文  霰(あられ)降り鹿島の神を祈りつつ皇御軍(すめらみいくさ)に吾は来にしを
  21. 今奉部與曾布  今日よりは顧みなくて大君のしこの御盾と出で立つ吾は
  22. 大田部荒耳  天地(あめつち)の神を祈りてさつ矢ぬき筑紫の島をさしていく吾は
  23. 神人部子忍男  ちはやぶる神の御坂に幣(ぬさ)奉り斎(いは)ふいのちは母(おも)父がため
  24. 尾張浜主  翁(おきな)とてわびやは居らむ草も木も栄ゆる時に出でて舞ひてむ
  25. 菅原道真  海ならずたたへる水の底までも清き心は月ぞ照らさむ
  26. 大中臣輔親  山のごと坂田の稲を抜き積みて君が千歳の初穂にぞ舂(つ)く
  27. 成尋阿闍梨母  もろこしも天の下にぞ有りと聞く照る日の本を忘れざらなむ
  28. 源経信  君が代はつきじとぞ思ふ神かぜやみもすそ川のすまん限(かぎり)は
  29. 源俊頼  君が代は松の上葉(うはば)におく露のつもりて四方(よも)の海となるまで
  30. 藤原範兼  君が代にあへるは誰も嬉しきを花は色にもいでにけるかな
  31. 源頼政  みやま木のその梢とも見えざりし桜は花にあらはれにけり
  32. 西行法師  宮柱したつ岩根にしき立ててつゆも曇らぬ日の御影(みかげ)かな
  33. 藤原俊成  君が代は千代ともささじ天の戸や出づる月日のかぎりなければ
  34. 藤原良経  昔たれかかる桜の花を植ゑて吉野を春の山となしけむ
  35. 源実朝  山は裂け海はあせなむ世なりとも君にふた心わがあらめやも
  36. 藤原定家  曇りなきみどりの空を仰ぎても君が八千代をまづ祈るかな
  37. 宏覚禅師  末の世の末の末まで我が国はよろづの国にすぐれたる国
  38. 中臣祐春  西の海よせくる波も心せよ神の守れるやまと島根ぞ
  39. 藤原為氏  勅として祈るしるしの神風に寄せくる浪はかつ砕けつつ
  40. 源致雄  命をば軽きになして武士(もののふ)の道よりおもき道あらめやは
  41. 藤原為定  限りなき恵みを四方にしき島の大和島根は今さかゆなり
  42. 藤原師賢  思ひかね入りにし山を立ち出でて迷ふうき世もただ君の為
  43. 津守国貴  君をいのるみちにいそげば神垣にはや時つげて鶏(とり)も鳴くなり
  44. 菊池武時  もののふの上矢(うはや)のかぶら一筋に思ふ心は神ぞ知るらむ
  45. 楠木正行  かへらじとかねて思へば梓弓(あずさゆみ)なき数に入る名をぞとどむる
  46. 北畠親房  鶏の音になほぞおどろくつかふとて心のたゆむひまはなけれど
  47. 森迫親正  いのちより名こそ惜しけれもののふの道にかふべき道しなければ
  48. 三条西実隆  あふぎ来てもろこし人も住みつくやげに日の本の光なるらむ
  49. 新納忠元  あぢきなやもろこしまでもおくれじと思ひしことは昔なりけり
  50. 下河辺長流  富士の嶺(ね)に登りて見れば天地はまだいくほどもわかれざりけり
  51. 徳川光圀  行く川の清き流れにおのづから心の水もかよひてぞ澄む
  52. 荷田春満  踏みわけよ日本(やまと)にはあらぬ唐鳥(からどり)の跡をみるのみ人の道かは
  53. 賀茂真淵  大御田のみなわも泥(ひぢ)もかきたれてとるや早苗は我が君の為
  54. 田安宗武  もののふの兜に立つる鍬形のながめかしはは見れどあかずけり
  55. 楫取魚彦  すめ神の天降(あも)りましける日向(ひむか)なる高千穂の嶽やまづ霞むらむ
  56. 橘枝直  天の原てる日にちかき富士の嶺に今も神代の雪は残れり
  57. 林子平  千代ふりし書(ふみ)もしるさず海の国の守りの道は我ひとり見き
  58. 高山彦九郎  我を我としろしめすかやすべらぎの玉のみ声のかかる嬉しさ
  59. 小沢蘆庵  あし原やこの国ぶりの言の葉に栄ゆる御代の声ぞ聞ゆる
  60. 本居宣長  しきしまの大和ごころを人問はば朝日に匂ふ山ざくら花
  61. 荒木田久老  初春(はつはる)の初日かがよふ神国の神のみかげをあふげもろもろ
  62. 橘千蔭  八束穂(やつかほ)の瑞穂の上に千五百秋(ちいほあき)国の秀(ほ)見せて照れる月かも
  63. 上田秋成  香具山の尾の上(へ)に立ちて見渡せば大和国原早苗とるなり
  64. 蒲生君平  遠つ祖(おや)の身によろひたる緋縅(ひをどし)の面影うかぶ木々のもみぢ葉
  65. 栗田土満  かけまくもあやに畏(かしこ)きすめらぎの神のみ民とあるが楽しさ
  66. 賀茂季鷹  大日本(おほやまと)神代ゆかけてつたへつる雄々しき道ぞたゆみあらすな
  67. 平田篤胤  青海原(あをうなばら)潮の八百重(やほへ)の八十国(やそくに)につぎてひろめよこの正道(まさみち)を
  68. 香川景樹  ひとかたに靡(なび)きそろひて花すすき風吹く時ぞみだれざりける
  69. 大倉鷲夫  やすみししわが大君のしきませる御国ゆたかに春は来にけり
  70. 藤田東湖  かきくらすあめりか人に天つ日のかがやく邦(くに)のてぶり見せばや
  71. 足代弘訓  わが国はいともたふとし天地の神の祭をまつりごとにて
  72. 加納諸平  君がため花と散りにしますらをに見せばやと思ふ御代の春かな
  73. 鹿持雅澄  大君の宮敷(し)きましし橿原(かしはら)のうねびの山の古(いにしへ)おもほゆ
  74. 僧月照  大君のためには何か惜しからむ薩摩の瀬戸に身は沈むとも
  75. 石川依平  大君の御贄(みにへ)のまけと魚(うを)すらも神世よりこそ仕へきにけれ
  76. 梅田雲浜  君が代を思ふ心のひとすぢに吾が身ありともおもはざりけり
  77. 吉田松陰  身はたとひ武蔵の野辺(のべ)に朽ちぬとも留め置かまし日本魂(やまとたましい)
  78. 有村次左衛門  岩が根も砕かざらめや武士(もののふ)の国の為にと思ひきる太刀
  79. 高橋多一郎  鹿島なるふつの霊(みたま)の御剣(みつるぎ)をこころに磨ぎて行くはこの旅
  80. 佐久良東雄  天皇(おほきみ)に仕へまつれと我を生みし我がたらちねぞ尊(たふと)かりける
  81. 徳川斉昭  天(あま)ざかる蝦夷(えぞ)をわが住む家として並ぶ千島のまもりともがな
  82. 有馬新七  朝廷辺(みかどべ)に死ぬべきいのちながらへて帰る旅路の憤(いきどほ)ろしも
  83. 中河内介  大君の御旗の下(もと)に死してこそ人と生れし甲斐はありけれ
  84. 児島草臣  しづたまき数ならぬ身も時を得て天皇(きみ)がみ為に死なむとぞ思ふ
  85. 松本奎堂  君がためいのち死にきと世の人に語り継ぎてよ峰の松風
  86. 鈴木重胤  天皇(おほきみ)の御楯(みたて)となりて死なむ身の心は常に楽しくありけり
  87. 吉村寅太郎  曇りなき月を見るにも思ふかな明日はかばねの上に照るやと
  88. 林光平  君が代はいはほと共に動かねば砕けてかへれ沖つしら波
  89. 渋谷伊與作  ますらをが思ひこめにし一筋は七生(ななよ)かふとも何たわむべき
  90. 佐久間象山  みちのくのそとなる蝦夷のそとを漕ぐ舟より遠くものをこそ思へ
  91. 久坂玄瑞  取り佩(は)ける太刀の光はもののふの常に見れどもいやめづらしも
  92. 津田愛之助  大君の御楯となりて捨つる身と思へば軽きわが命かな
  93. 平野国臣  青雲(あをぐも)のむかふす極(きはみ)すめらぎの御稜威(みいつ)かがやく御代になしてむ
  94. 真木和泉  大山の峰の岩根に埋めにけりわが年月の日本(やまと)だましひ
  95. 武田耕雲斎  片敷きて寝(い)ぬる鎧(よろひ)の袖の上(へ)に思ひぞつもる越(こし)の白雪
  96. 平賀元義  武夫(もののふ)のたけき鏡と天の原あふぎ尊め丈夫(ますらを)のとも
  97. 高杉晋作  後れても後れてもまた君たちに誓ひしことをわれ忘れめや
  98. 野村望東尼  武士のやまと心をより合はせただひとすぢの大綱(おほつな)にせよ
  99. 大隈言道  男山今日の行幸(みゆき)の畏(かしこ)きも命あればぞをろがみにける
  100. 橘曙覧  春にあけてまづみる書(ふみ)も天地のはじめの時と読み出づるかな

▼書籍

政府の意図は「小倉百人一首に変わる愛国かるたを」ということだったようだが、大宣伝にもかかわらずさほど普及しないうちに敗戦を迎えたらしい。

しかし評釈や関連書は多い。

茂吉の評釈関連書青空文庫で読むことができる。

歌人・永井陽子

 

▼略歴

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▼作品

ゆふぐれに櫛をひろへりゆふぐれの櫛はわたしにひろはれしのみ  『なよたけ拾遺』

べくべからべくべかりべしべきべけれすずかけ並木来る鼓笛隊  『樟の木のうた』

あはれしづかな東洋の春ガリレオの望遠鏡にはなびらながれ  『ふしぎな楽器』

ひまはりのアンダルシアはとほけれどとほけれどアンダルシアのひまはり  『モーツァルトの電話帳』

鹿たちも若草の上にねむるゆゑおやすみ阿修羅おやすみ迦楼羅  『てまり唄』

雨あがりの木々の緑は永遠の陽の使者として我に降り来る

前髪の奥深く棲む少年にほほえむごとくイチョウの刺客降る

意識のない時の経過よ石けんの泡の位置より危うき孤立

さそり座が好き 愛されるポーズして呪詛のごと君に言葉を返す

「でくのぼう」人は私をそう呼んだ 詩語をなくした鵯一羽

手の中で透明になってしまうまで 秋 弄ぶ君のイニシャル

母がめそめそ泣く陽だまりやこんな日は手毬つきつつ遊べたらよし

人間はぼろぼろになり死にゆくと夜ふけておもふ母のかたへに

こころねのわろきうさぎは母うさぎの戒名などを考へてをり

流れたる歳月にしていつまでも美しからずわが言葉さへ  (遺稿)

 

▼著書

人気ある 歌人のため初版歌集はなかなか手に入らないが作品を読むだけならば永井陽子全歌集』 2005/2 が便利。エッセイ集『モモタロウは泣かない』も名著。

歌人・醍醐志万子

▼略歴

 

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▼作品

清潔に身を処し来り菜の花のかがよふ野べにわが立ちつくす  「短歌山脈」

過ぎし日の嘆きに触るることなくて夫のかたへにわれは安らに

二〇代の大方を軍に従ひし夫病めば何に向けむ怒りぞこれは   『花文』

別れたる夫より長く生きむこと当然としてわが月日あり                  

臨終に喚ばるるほどの妻ならず野の草花をわれはつみつつ

生業をつぐべくわれのをんなにて火のなき窯に身をもたせゐつ         

ジェット機のいまだ上空を飛ばざれば人も鶏も静かにあるく               

燃えのぼる火に汗たりてわがゐたり動揺の日は過ぎて短く

蠟の火に蚊を焼きをりて昨日よりの空想にむごき結末きたる

泣くほどのこともなかりし一日のをはりを何の嗚咽こみあぐ   『木草』

傘のなか塩と黄薔薇をかかへたり塩はしづかにびんに充ちゐる

窯のほめきに背をおし当てて九歳まで一人子なりし欠落つづく  『花信』

唐の墨磨りゐる机に雪どけの雫が影を落としつづける

人ごとにもの言ふ声をひそめつつ父のなき子ともはやなり果つ

人のなきあとを生くるは仇討のごとくに向ふ机上のものに   『霜天の星』

何事かわれの思ひに入れるあり死にたる人はまこと死にしか

すぐれたる身丈にませばかなしみの一生のうちに尽くるなかりし

かなしみは胸処にあると思ひたるのちの日なみだ喉をのぼる

焼跡のけぶる大阪駅前に千代紙買へるを誰か信じよ

還暦の三浦環の歌ひたる「冬の旅」よりいくさ激しき

わが母を犬を問ひくる手紙ありこのもの二つわれのうからぞ   『玄圃梨』

たたかひに国敗れたる冬に見しぎしぎしの葉の猛きくれなゐ

一九九一年航空写真に家の裏は田の面ひろごる荒土のいろ  『伐折羅』

これがこの丹波の寒さ正月の客の去にたる庭に来てゐる

長く生きてあるが仕合せとははそはの母いひければ涙ぐまるる

そのうちにいつか行きたき町のあり焦がるるほどにあらぬたのしさ

千両に万両に実の朱き庭にひとり入りゆきひとり出できつ

灯を消すなと言ひし母のごと小さき灯の下に眠りぬ夜の白むまで  『田庭』                 

母を看取りてありし二年を一生の満ち足りし日々と言へば笑ふか             

死のきはの母につづきて犬の死を思ひてかなし目覚めゆきつつ

戦前も戦中戦後もわがうちを通り過ぎ行く一つくくりに  「短歌現代」

八十年たつた八十年住みし家に別れんとしてお辞儀一つす   作歌ノート   

机の下に椅子を納めてふり返るそこには一人のわれさへ居らず   「鹽」

挺身隊といふ名恥ずかしその上に女子挺身隊となれば尚更

われの知る山にはあらずのつたりと木々を茂らす房総の山

 

▼著書

作品を多く読むには塩と薔薇が便利。第一歌集『花文』~第四歌集『霜天の星』からの自選500首を収録している。

歌人・藤井常世

▼経歴

藤井 常世(ふじい とこよ、女性、1940年12月3日 - 2013年10月30日)は、歌人

折口信夫門下の歴史学者・藤井貞文の娘として東京都に生まれる。

弟は藤井貞和。「常世」は本名で、折口が名付け親。

國學院大學文学部文学科卒業。香川進の歌誌『地中海』を経て、1972年岡野弘彦の歌誌『人』創刊に参加。

1993年『笛の会』を結成、代表となる。現代歌人協会会員。2002年「NHK歌壇」選者。2013年10月30日、急性心不全のため死去。72歳没。

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▼作品

気管病み易かりし少女期卵抱く鶏(とり)のごとき眼をしてうづくまりゐき  『氷の貌』

人死にし記憶につねにつながりゆく冬の朝ひつそりとわが誕生日  『紫苑幻野』

よぢれつつのぼる心のかたちかと見るまに消えし一羽の雲雀  『紫苑幻野』

いちにちを降りゐし雨の夜に入りても止まずやみがたく人思ふなり

 咲き急ぎ散りいそぐ花を見てあればあやまちすらもひたすらなりし  『草のたてがみ』

身を刺すは若葉のしづく木菟のこゑいま抱かれなばにほひたつべし

はつかなる笑みを湛ふる小面のうちら貼りつく氷(ひ)の貌われは  『氷の貌』

葛原のどつと乱るる裡にありて人に見えぬぞよきといふこゑ

歌詠みて身は痩せゆくとゆめ思ふな 野に咲く吾亦紅吾亦紅  『繭の歳月』

いかづちは地にやや近き空にありて大音声にこの世を叱る

歌ひつくしあひつくす世にあらざればとほき風音ききて眠らむ  『画布』

つひの息いかにありしと嘆く夜を重ねかさねて九十九夜か  『九十九夜』

ひとすぢの風あればわれとともにそよぐ母が遺しし帯の秋草  『文月』

誰が振りし笞かひゆんと音などは聞こえねど闇の空に疵見ゆ  『夜半楽』

夜渡るはあかき月かも流るるは夜半楽こよひ楽しめとこそ

いのちのきはに父も恋ひしかこの海の音をつたへてわが鼓動鳴る  『鳥打帽子』

うち靡く仙石原の穂すすきに見え隠れ父の鳥打帽子

 

▼著書

人気ある著書として短歌入門書『短歌の〈文法〉 歌あそび言葉あそびのススメ NHK短歌』がある。歌集はやはり手に入りにくいが、作品を読むだけならば『藤井常世歌集 現代歌人文庫』2012年 が便利。